中にはこの様に放射状の冷却節理と思わせるような割れ目がみられる岩も有る。放射状に見えない事も無いが、やはり違うのだろうな!と言った形状である。
原則更新を停止します。 このブログは地質の素人の現70歳の素浪人が、地質図・論文・websiteを閲覧して露頭情報を収集し、その情報と主に足で稼いだ露頭画像を御紹介してきたブログです。素人故の恐れ知らずで取り組んでしまいましたが、残る人生の短さと現在の体力を歩き残した露頭の余りの多さとを天秤に掛けるとそろそろ「撤収」を考える時期だと思い至りました。 火山カメラの映像をUPしてまでこのブログを維持するのも如何かと思い至りましたので、このブログの更新を停止する事と致しました。 枕状溶岩関連記事についてはそのまま残そうと考えています。2年程度の心算で、2009年9月8日に始めたこのブログがここまで続けられるとは思って居ませんでした。 長い間お付き合い頂き有難う御座いました!
2011年3月25日金曜日
2011年3月24日木曜日
東京都日の出町大久野(4)
2011年3月23日水曜日
東京都日の出町大久野(3)
2011年3月22日火曜日
東京都日の出町大久野(2)
2011年3月21日月曜日
東京都日の出町大久野(1)
露頭情報 No_467 1/50000 青梅地域の地質に3.4 水口(みのくち)ユニットとして紹介されている旧採石場入口の露頭だが、残念ながらその採石場は稼働中の工場となり露頭の場所は駐車場で観察出来なかった。深田地質研究所の現地懇話会で筑波大学大学院教授の久田健一郎氏が講師で開催された「関東山地東部黒瀬川帯巡検」に参加した際にこの附近を歩く機会がありました。この時は高橋氏氏他の産総研メンバーが数名参加して居られて、昼食時等は別の意味で興味深い議論が火花を散らせていて良い一日だった。
日を改めて2009年1月末に五日市線の武蔵増戸(巡検時は武蔵五日市)から北上し、大久野附近を中心に歩いてみた。画像は途中で見掛けたまだ新しい石垣。以前は玉石の石垣は、こんなものは地元産だろうと多寡を括っていたのだが意外と群馬県産が多く地元の河川の石とは異なるらしい事が判ってきたが、この石垣は形状も・岩相もそれ程揃っていないのでこの附近の産かもしれないと思って撮影。右上は緑色岩?
2011年3月20日日曜日
焼津市用宗大崩海岸(6)
この附近にもやや円弧で構成された部分が僅かに見えるのだがどうなのだろう?画面右下附近が思い込めばそのようにも思える。この場所はこのくらいで辞めておきましょう。
東北関東大震災の動きを追って驚愕の毎日を過ごしていたので、此方の画像のUPを出来なかった。これまでに57箇所ほどの枕状溶岩露頭をご案内して来たのだが、先週と今週は露頭を歩く予定が駄目になってしまって、更に当分それどころでは無い状況になってきましたね。画像を整理していたらこれからご案内出来る露頭画像が意外と少なくなっていて少々慌てています。残念!ブログが2年持たないかもしれない!
明日からは東京都日出町の「かもしれない」露頭附近をご案内しよう。但し、これまでの様な朝一番のUPは出来そうには無いのでご了承を!
2011年3月13日日曜日
1週間ほど更新をお休みします
巨大地震と津波に被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。犠牲になられた方々の冥福を祈ります。
数週間前に歩いた松島附近の景色が一変した事が信じられない気持ちです。
巨大地震と津波災害更には原子炉の炉心溶融事故に気を奪われているので多分1週間ほど更新をお休みします。
私自身は地震発生時には近所の低湿地傍の公園を散策中でした。大地がうねるのが見えたと思いました。幸い横揺れでしたので座り込む事も無く立って居る事が出来ましたが、帰宅途中に見た普段は殆ど流れていないドブ川が妙に速い流れになっていました。自宅は古いマンションの5階ですが書棚から少々の書籍が落ちた程度でした。地震と津波の情報が気になって、同好のMLの方々との情報交換に追われています。
数週間前に歩いた松島附近の景色が一変した事が信じられない気持ちです。
巨大地震と津波災害更には原子炉の炉心溶融事故に気を奪われているので多分1週間ほど更新をお休みします。
私自身は地震発生時には近所の低湿地傍の公園を散策中でした。大地がうねるのが見えたと思いました。幸い横揺れでしたので座り込む事も無く立って居る事が出来ましたが、帰宅途中に見た普段は殆ど流れていないドブ川が妙に速い流れになっていました。自宅は古いマンションの5階ですが書棚から少々の書籍が落ちた程度でした。地震と津波の情報が気になって、同好のMLの方々との情報交換に追われています。
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