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2012年5月20日日曜日

露頭情報:No.529;津南町赤沢反里(偽枕状溶岩?)


出典は「苗場山地域の地質」。このⅣ.2.2.上郷累層 上部反里火砕岩部に「31頁 第19図 魚沼層群上郷累層,泥流堆積物中の無斑晶質安山岩の偽枕状の礫(反里,信濃川左岸)」と記載されている。
「信濃川左岸」とあるのでこの付近の河原だろうか?
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=365954&l=1383650

2012年3月16日金曜日

露頭情報:No496:;柏崎市米山町聖ヶ鼻


出典は柏崎市教育センター・柏崎市青少年育成センターから発行の“GALILEI”の2006年8月号に掲載されたプロジェクトK(科学技術教育班だより)。
13頁に「米山小 地質巡検」と題して「聖ヶ鼻~胞姫神社裏~田塚鼻の地層の成り立ちと土地の変化に関する考えをもたせるための素材巡検」を内容として、・米山層(西山層相当)の観察:① 聖ヶ鼻先端の溶岩の貫入と柱状節理の観察 ② 露頭上部,転石中に見られる含カンラン石複輝石安山岩の観察 ③ 水中自破砕溶岩,枕状溶岩,パン皮状火山弾,溶岩の流理構造 ④ 胞姫神社裏手の砕石場に見られる貫入溶岩と柱状節理
等が記載されています。
http://kedu.kenet.ed.jp/hp/kec/H1808.pdf
また、同じく7月号には12頁に、同じ場所だと思われますが、ワンポイント研修会「柏崎・刈羽の地質」が取り上げられています。
http://kedu.kenet.ed.jp/hp/kec/H1807.pdf
場所はこの「聖ヶ鼻」周辺だと思われます。
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=371923&l=1382614
尚、この付近は2007年の新潟県中越沖地震の被災地であり、下記の現地調査報告書も産総研により公表されている。
http://cais.gsi.go.jp/Research/geoinfo/field_Chuetsu-oki.pdf
長岡技術科学大学による現地調査報告書
http://coastal.nagaokaut.ac.jp/~jisin/chuetuoki/final/3.pdf
応用地質学会による報告書。地団研の地質図が引用されている。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jseg/r_new/news/2007/chuetsuoki-rep.pdf

2011年12月29日木曜日

露頭情報:No.399;南蒲原郡田上町 護摩堂山周辺


出典は「護摩堂山でハイキング」と言うブログ記事。下記をご覧下さい。
http://cgi.tiny.jp/tt/archives/2008_4_27_419.html
この記事の「護摩堂山の裏側に在る露頭の玄武岩の枕状溶岩」が目的地。
この山のハイキングコース案内は下記に在るけれど露頭の事は書かれていない。
http://www.town.tagami.niigata.jp/living/ho/pdf/hiking.pdf
露頭はこんな場所かな?と思って居るが山頂下の石切場と書かれた文章が在るので或いはその下の位置かもしれない。
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=374248&l=1390527
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?longitude=139.09958333326&latitude=37.716655039141
何れにせよ、護摩堂山からそう遠くない場所に露頭が在るのは間違いない。新潟大学理学部地質学科に問い合わせれば正確な場所が判ると思うが・・・
尚、瑞浪市化石博物館の研究報告に「新潟県新津丘陵における金津層の珪藻化石と地質年代」(2009)が掲載されている。
この113頁の第2図「鉱井位置図および地質概略図」が掲載されている。これだと矢代田駅の東方になるのでかなり外れるが、“basalt”と書かれた地域が在るので、最悪はこの付近を歩けば当たるかも!凝灰岩層も広く分布している。
この付近の油田はもっぱら砂泥互層よりも、枕状溶岩に胎胚するらしい。

2011年12月13日火曜日

露頭情報:No.357;柏崎市谷根(たんね)

出典は「岡野町地域の地質」。この「Ⅲ.新第三系-下部更新統 Ⅲ.5. 米山層」の項に、「第1表:岡野町図幅地域の地質系統総括図, 27頁 第15図 米山層の輝石安山岩の自破砕溶岩 谷根採石場跡, 第16図 米山層の柱状図;谷根から谷根川沿いに尾根まで,Ⅰ-Ⅴは火山活動のサイクル,・・」等と記載が在る。
勿論、「安山岩は,径最大50cmの火山岩塊を含むハイアロクラスタイトを主要な岩相とし、塊状溶岩も見られる。ハイアロクラスタイトに随伴して,急冷相を周囲に持ち楕円体に近い形態を示すピローと急冷相が不明瞭で不規則な形態を示す角礫とが産する」とも記載されています。
場所はこの採石場跡地と睨んでいます。

2011年11月28日月曜日

露頭情報:No.310;南魚沼市破間川支流しもやぎ沢(ダム下流)付近

出典は「須原地域の地質」。Ⅴ.3. 大白川コンプレックス  5.3.1. 緑色岩の項に「36頁 第5.10図:緑色岩の露頭写真に対する説明として(a) :塊状玄武岩(破間川の河床,北隣の守門岳図幅内) (b) :枕状熔岩と発泡構造(しもやぎ沢の河床,北隣の守門岳図幅内) (C) :火山角礫岩(しもやぎ沢の河床)」等の記載がある。
緑色岩は,玄武岩を主体とし,ドレライト・玄武岩火山砕屑岩・玄武岩凝灰岩からなる。・・・暗緑色-緑色を呈し,塊状熔岩または枕状溶岩として観察される。発泡構造が残されている事があり、その空隙には方解石が充填している。地形図で見る範囲としてはかなり近付き難い場所の様だ。渇水期以外にしもやぎ沢に入れるのだろうか?
地質学雑誌 第110巻 第6号に掲載された論文「新潟県黒又川周辺地域に分布する足尾帯ジュラ紀付加コンプレックス」の349頁に、第2図「黒又川周辺地域の地質図及び試料採取地点(A)と断面図(B)」の右上部分に破間川ダムと下流の「しもやぎ沢」付近の緑色岩或いは混在岩の分布が示されている。この図によれば緑色岩は破間川のダム下流右岸にも分布している。また、351頁右段には「大白川コンプレックス」の記載が在り、このコンプレックスにはまだまだ多くの枕状溶岩分布地域が存在する事を示唆している。この文献はネットでも無料で入手可能。

露頭情報:No.309;南魚沼市舞子-小松沢付近

出典は「越後湯沢地域の地質」。Ⅵ 中新統 Ⅳ.1. 城内層群(中新統・台島階)の項に「32頁 第18図:石打-湯沢-松川地域新第三系地質総合柱状図 玄武岩層(風化が進み砂岩様に見える)気孔を持つ。」と書かれている。玄武岩層の“Jo2”は、露頭情報のNo.304から続いているもの。31頁には「舞子―小松沢間の山麓地帯にやや広く分布する。溶岩様の部分と貫入岩からなる。玄武岩溶岩は一般に著しく風化しており砂岩様に見える。気孔を持ち一部枕状構造を呈する。」とある。
地質図でも“Jo2”の分布範囲が広くて特定出来ないが、「舞子ゴンドラ」の東側の山麓をじっくり探すしか方法は無さそう。このポイントは少し東に寄り過ぎている雰囲気で、西側の810m峰や690m峰方面が期待は高そうに思えます。

2011年11月26日土曜日

露頭情報:No_304;南魚沼市金城山大月林道

出典は I/50,000 地質図「十日町地域の地質」 Ⅳ.1.大倉層 大倉山安山岩部層の項目。6頁 第8図;魚野川東方山地における統合地質柱状図 21頁 第16図;城内層群大倉層大倉安山岩部層中の玄武岩質枕状溶岩(大月東方の大月林道の露頭)とある。
金城山-坂戸山稜線西斜面~塩沢南方・座標は金城山山頂:1369m 露頭を訪ねる時はオンラインの地質図を参照して下さい。地質図記号は“Jo”
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=370104&l=1385530
坂戸山は南魚沼市六日町東方の633.7m。カタクリの花で有名な場所らしい。距離は結構ありますね。大月林道は登山記録を拝見しているとかなりきつい山の様ですね。

2011年10月11日火曜日

露頭情報:No_265;五泉市村松旧採石場

新潟大学理学部地学科HPにこの露頭の情報がありました。それが下記「付加体中の緑色岩観察会」
http://geo.sc.niigata-u.ac.jp/~miyashit/muramatsu/
この地域の緑色岩の年代については「フィッショントラックニュースレター」第20号に「新潟市新津丘陵に分布する凝灰岩及び火山岩のFT年代」が公表されています。新潟大学理学部の巡検記録には詳細な場所が記載されていませんが、場所は「五泉市村松旧採石場」と書かれているので、石油の里ある丘陵の裏側にあるこの付近でしょうか?
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=374316&l=1390749
写真地図でチェックするとこの採石場は雑草で覆われて居る様に見えます。古い採石場は地権者や周辺住民との関係で立ち入りが難しい事が有るようですね。道路側には人家も多い様です。斜面も崩壊し易くなっている事が多いので注意が必要ですね。少し南に「大沢鍾乳洞」がありますね。
この地域のやや東南側になりましょうか?早出川周辺については地質学雑誌 第116巻 第5号 270-282頁に「新潟県五泉市早出川周辺の足尾帯緑色岩の岩石学的研究」(2010)が公表されています。
更に東側の五頭温泉郷に関しても「五頭西麓の放射能温泉と“新発田-村松構造線”について」と言う報文が新潟応用地質研究会誌 第72号(2009)に掲載されていて興味深い内容です。

2011年10月3日月曜日

露頭情報:No_251;十日市市清津川角間-西田尻間

出典は 1/50,000 地質図「苗場山地域の地質」。この「Ⅲ.7. 西田尻層(上・中部層)上部層は本図幅内では瀬戸峡谷から芝倉沢にのみ分布」に、21頁 第11図 西田尻層上部層中の枕状溶岩,55頁 第2表 西田尻層中の火山岩類の化学組成」が記載されている。場所的には、十日町市角間清津川流域角間西田尻間:清津川下流と書かれているが、詳細位置不明。清津川と言えば壮大な柱状節理群の「清津峡」が有名なのだが、こんな場所にもあるものですね。岩質は「安山岩:中部層は玄武岩ないし安山岩溶岩・同火山砕屑岩・玄武岩の枕状溶岩およびそれらを貫く安山岩岩脈からなる」とのこと。中新統 西田尻層に属している。場所は、角間と西田尻の間との事なので、清津峡トンネルの付近らしい。今夏、此処をスケジュールに入れていたのだが豪雨の為に中止してしまった。有名な柱状節理の下部にでもあるのだろうか?
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=365937&l=1384408

2011年8月23日火曜日

露頭情報:No_166;新潟市秋津区大沢公園付近

場所は大沢公園「付近」とまでは判るのだが、土地勘がないので今一つ詰め切っていない露頭。「石油の里」中野邸のHP、新津丘陵地学ハイキングHPが参考となるHP。後者にはこの露頭の画像がある。
場所は従って、
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=374450&l=1390657
新津丘陵付近には枕状溶岩を採掘していた採石場等も在ったらしく、情報はいろいろ在るのだが詰めが決まらない情報ばかりなので、本当は8月の初旬にこの付近を歩く予定でいたが、折悪しく集中豪雨でかなり山沿いの道路が寸断されたようなので延期した。
石油の里:中野邸のHPは下記
http://www.nakanotei-muse.com/
新津丘陵地学ハイキングについては下記を参照ください。
http://www.page.sannet.ne.jp/fujiroll/outdoor/wagaya17/1015chihi.htm
この付近も秋田県由利地域と同様に枕状溶岩が石油の母岩となっているのだろうか?
尚、この付近の地質年代については「フイッショントラックニュースレター第20号(2007)44-47頁に「新潟市新津丘陵に分布する凝灰岩および火山岩のFT年代」が、瑞浪化石博物館研究報告第35号の111-125頁には「新潟市新津丘陵における金津壮の珪藻化石と地質年代」の論文が存在する。

2011年7月9日土曜日

露頭情報:No_103;佐渡市弾崎灯台西浦

一つ中を飛ばすが、同じ佐渡島の露頭なのでまとめて!
地学のガイド 参考資料は「地学のガイド新潟県 下」226-230頁 226頁 図9-62:二ツ亀~藻浦の案内図;B地点 図9-64:b地点で見られる太古の枕状溶岩(写真)海上に突き出した岩に目をやると、円礫岩のような構造が目にとまります。じつのところこれは枕状溶岩で、丸く見える部分がピロー(枕)というわけです。ピローの内部構造が見えないのは、後の変質作用によって均質化されてしまったためでしょう。波が静かな時には近寄って詳しく観察できます。弾崎灯台周辺は、このような枕状溶岩によって構成されています。と書かれている。
場所は案内地図のB地点なので此処で良さそう。
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=381951&l=1383038
尚、小木半島の枕状溶岩に関連してご案内した文献では、この二ッ亀島以東は404頁の第1図「佐渡島の地質概図」では基盤岩として記載されている。
「概図」だからね!

露頭情報:No_101;佐渡市犬神平

基本情報は「地学のガイド 新潟県 下」だが、ハイアロクラスタイトだけが分布していると書かれているが、念の為リストアップした。162-163頁 第8-7図:犬神平の案内図
第8-8図:斜長石や透輝石の斑晶を含むハイアロクラスタイトと書かれている。
場所的にはこんな位置なので、枕状溶岩が在っても不思議は無いと思われる。小木海岸に行くのはこの「犬神平」バス停から歩くのだそうだから、序に見て行こう的リストアップ。
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=374840&l=1381257
資料としては「佐渡島小木半島の新第三紀玄武岩のK-Ar年代」(岩鉱:1995)に分布図や年代測定資料が掲載されている。405頁の図2:小木半島の地質図を参照。「角礫状枕状溶岩」なら在るらしい!

2011年7月8日金曜日

露頭情報:No_100;佐渡経島・矢島附近

佐渡の枕状溶岩は有名すぎるほどの場所なので、改めて記す必要は無さそうだが、此処は例えば「地学のガイド 新潟県」(159-162頁)では、矢島から太鼓橋を渡った附近と、元小木の神社マーク附近に露頭が在るようだ。経島はハイアロクラスタイト。
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=374824&l=1381552
佐渡の地質図は新潟大学の「新潟はなじらね」の中に下記の地質図や地質案内があるので、是非参照して観察して下さい。画像もあります。これは理学部自然環境科学科の講師 卯田強さんが運営するものの様です。
http://env.sc.niigata-u.ac.jp/~uda/udat/sado/glindex.htm
http://env.sc.niigata-u.ac.jp/~uda/udat/sado/geolexcur.pdf

露頭情報:No_099;弥彦山山頂南側付近

地学のガイド新潟県の148-149頁にこの露頭について書かれている。No_098の露頭は見る事が出来ないだろうが、此方は条件が良いらしい。と言っても1990年に出版された書籍の記載だから、20数年後の今はどの様に変化して居る事やら?この附近を走ってみない事には判らない。但し、指定された場所が「ヘアピンカーブの先端部」なのだから駐車余地などある筈も無いが・・・
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=374234&l=1384806
写真画像の地図ではコンクリートでは無さそうだけれど、全く駐車スペースは近くにもありませんね。

2011年7月7日木曜日

露頭情報:No_098;弥彦神社第六駐車場切土面

雑草が生い茂る時期には観察出来ないだろう露頭。地学のガイド新潟県の148-149頁。149頁に地図と150頁に新鮮な状態での画像がありましたので、引用させて頂きました。場所は1/25000地形図で下記
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=374231&l=1384950
今年、2011年の夏の旅行は新潟県を目指して計画を組んでみようと思っているが、此処はまず駄目だろうが、この附近を走って新鮮な崖を探してみようと考えています。実現すれば良いのですが・・・
新潟大学の茅原一也さんが「東北日本地域の枕状溶岩」と言う論旨を書いておられるが、新潟~青森の日本海側も枕状溶岩の分布が多い場所ですね。参考文献としては新潟大学地鉱研究報告第4号「新潟県弥彦山・角田山周辺の地質」(1976)かな?本ブログの5月14日 No_041間瀬海岸の項を参照すればDL方法が判る。

2011年5月14日土曜日

露頭情報:No_041;岩室温泉間瀬海岸

この露頭も地元では有名なのか?1/25000地形図に掲載されている。
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=374433&l=1384750
既にご紹介したNo_027 の寺泊町野積の立岩とは指呼の間にある。弥彦山が枕状溶岩の山とも言える存在なので南側に立岩、北側が間瀬海岸と言った雰囲気。弥彦山には幾つかの枕状溶岩の露頭が在るので、地学のガイド「新潟県」をご覧頂きたい。
新潟県のHPにはこのような紹介があります。
http://www.pref.niigata.lg.jp/gyoko/1227038488087.html
石油資源開発㈱技術研究所のHPに此処の枕状溶岩の小さな露頭画像が在る。このHPに引用されている稲葉氏による「由利原・ガス田の玄武岩貯留岩の模式及び解釈図」は、2001年に稲葉充氏が書かれた論文の中の図版で、(石油技術協会誌 第66巻 第1号 56-67頁)図は64頁に記載されている。稲葉氏はボーリングデータを詳細に検討し、原油貯留岩の性状を夫々、シートフロー、枕状溶岩、ハイアロクラスタイトの卓越した地域として分布を推定分布図を示している。露頭を観察する事は出来ないが小生のDB No_080 の貴重な文献。脱線した。
http://www.japexrc.com/poten4.htm
新潟市報:にいがたONLINE に露頭の画像と簡単な説明がある。
http://www.city.niigata.jp/sihou/2006/060312/2037_3_6.html

尚、前記の通り、弥彦山周辺の露頭情報は、地学のガイド「新潟県(下)」を参照下さい。この附近をマダ歩いていないので、私の情報はこの書籍に書かれている領域を一歩も踏み出していない。
DB_No_098:弥彦村競輪場近くの駐車場の崖や、DB\No_099:弥彦山山頂北西のヘヤピンカーブの切土面などが記載されている。

4月27日の露頭情報:No_027;野積海岸立岩の項目でも書き込んだが、新潟県応用地質研究会結成30周年記念見学会の報告(大河津分水と弥彦・角田山塊の見学会報告:柿崎竹男)には漢字から「沈状溶岩」と書かれている。どうやら新潟の観光関係HPに「ちんじょうようがん」と誤記しているのは此処がおおもとらしい。
どうやらこの新潟県応用地質研究会の幹事長は写真から見ると山岸宏光氏では無いのだろうか?氏は枕状溶岩よりも「水中溶岩」を多用されて居られるが、新潟ではまさか「沈状溶岩」を・・・?
この資料には後半に「新潟県弥彦山・角田山周辺の地質:新潟大地鉱研究報告第4号;1976年」が全文引用されている。この報告書には目を通していたが、3頁目(45頁と記載有)までしか読んでいなかった。探していた文献なので後で読んでみよう。
http://dspace.lib.niigata-u.ac.jp:8080/dspace/bitstream/10191/11198/1/10_08_0006.pdf

ブロガー・ダッシュボードが一昨日(12日)夜から不調で、書き込んだ一部が消失し昨日は書き込みが出来なかった。上記、No.027への追記は消失したので(原稿は残していなかった)後日追記する。

2011年4月27日水曜日

露頭情報:No_027;長岡市野積海岸立岩

場所は弥彦山山麓の日本海 と言えばお判りの通り、弥彦山そのものが海底火山の様な地質でいろんな場所に枕状溶岩の露頭があるので、観察には困らないでしょう。
1/25000地形図では 
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=374155&l=1384712
余り詳しくは無いが「大河津分水と弥彦・角田山塊の見学会報告」と言う文書がpdfファイルで公開されている。残念ながらこれは報告者のミスだろうが「枕状溶岩」を「沈状溶岩」と記載している。案内者が「ちんじょうようがん」と発言したのかな?この附近の海岸線には角田海岸や間瀬海岸にも枕状溶岩が分布している。勿論、内陸の油田地帯の原油母岩は枕状溶岩と水中破砕岩だ。
2011年5月14日追記:折角追記した内容がブログ・ダッシュボードの12-13日のトラブルで消去されてしまったので2度目の追記となる。
新潟地域の観光案内や文化財の資料に、最近妙に「ちんじょうようがん」と読み仮名をふったものが多い事に気付いた。文化財関係の記載など幾つかは申し入れて訂正して頂いたが、全部には手が回らない。
前期「大河津分水路と弥彦・角田山塊の見学報告」の出所を調べてみたら新潟応用地質研究会の研究誌。第39号(1991年12月)に同じ表題と執筆者名がある。以前はこの文献を探し当てていないので比較的最近ネットで見る事が出来る様になったのだろうか?新潟大学には有名な水中溶岩(枕状溶岩が一般的だと思うのだが、研究者によって研究の独自性を強調する為か? 他にも水底溶岩とか、様々な用語を使われる方々が居られる)の研究者が居られたし、現在も付加体研究の第一人者と目された方が居られる。およそ、地質系の学会とか研究会等とは縁が無いので判らないが!このような研究誌(会誌)では査読なんて事は行わないのですかね?素人のブログと応用地質研究会では、世間への影響度が違いますからね!

2011年4月21日木曜日

露頭情報:No_022;沢崎鼻・神子岩

この附近には見所が多い。神子岩から沢崎鼻附近。行った事が無いのが残念だが、正式の名前が「枕状溶岩トンネル」まである。沢崎鼻は下記
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=374919&l=1381217
案内書としては新潟大学の何方かが作られた下記「佐渡はなじらね」が意味不明だがお勧め。
http://env.sc.niigata-u.ac.jp/~uda/udat/sado/geolexcur.pdf
友人から聞いた話だが橄欖石の「オリビンサンド」が濃集している場所も在るらしい。但し、2011年12月に聞いた話だと乱獲で殆ど無くなったと言う情報も有ります。残念な話です。

2010年1月24日日曜日

新潟県糸魚川市根知農村公園(8)

フォッサマグナパークの遊歩道を進むとこの露頭に行き着きます。案内には枕状溶岩として記載されていますが、これはフィーダーダイクとして考えるのが順当でしょう。周辺に枕状溶岩が存在し、この露頭に放射状節理が見られるからと言って、これも枕状溶岩として扱うのには疑問です。フォッサマグナミュージアムの画像にはもっと綺麗な放射状節理の構造の部分がありますが、崩壊時の事故防止処置として鉄骨と金網で覆われていて観察写真を写すには残念な状況です。