2011年3月28日月曜日

東北太平洋沖地震:5;地球を3時間で回る地震波

京都大学防災研究所地震予知研究センターの今回の地震に関係する情報には、小生の興味を引くテーマがかなり多い。
下記はそのHP内の地震特集>ひずみ地震動 のコーナーですが、「ひずみ地震動」が東から西へと伝わっていく様子が描かれています。
http://www.rcep.dpri.kyoto-u.ac.jp/events/110311tohoku/morii/index.html
上記を開いて6枚目の画像が、地球を何周もする表面波のひずみ地震動記録だそうです。3時間+αで1周している様です。関西の逢坂山観測点でのデータです。
http://www.rcep.dpri.kyoto-u.ac.jp/events/110311tohoku/morii/rn_osk2.pdf

東京都日の出町大久野(8)

県道31号線(秋川街道)を青梅方面に二ッ塚峠方面に向かうと、地質図の水口ユニットの採石場跡地の工場前を通り、急な左カーブに差し掛かる。
この画像は、庭と道路の境界にチャートが在る民家の前を過ぎてほんの少し先の道路左側の露頭。その先には道路右側にも低い玄武岩の露頭が続く。

2011年3月27日日曜日

東北太平洋沖地震の情報:4 揺れの継続時間

25日に気象庁から「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震時に震度計で観測した各地の揺れの状況について」と言う資料が公表されています。五戸町から横浜までの震度5以上の地域で、震度4以上を観測した時間が130~180秒で記載されています。12頁のデータです。
http://www.jma.go.jp/jma/press/1103/25a/kaisetsu201103251030.pdf

今回の地震では、防災科学技術研究所から岩手県から千葉県までの地震波形の相違が公表されています。これはこれで大変興味深いのですが、地震波形と実際の体感した揺れとの関係が疑問でした。
私は手賀沼に近い(古墳時代には手賀沼が広がっていた筈の)低湿地に在る公園を散策中でしたが、実にゆっくりと大地がうねり、マダ動いている、マダ揺れていると大変に長い時間をずっと感じていた様に思いました。

防災科学技術研究所の資料は、ホームのメニューから3月24日の情報公開から強震動の項に移動すれば波形が有ります。。但し、このブログを公開した時とは少し異なる頁構成です。
http://www.kyoshin.bosai.go.jp/kyoshin/topics/html20110311144626/main_20110311144626.html
東北関東大震災関連の情報については"All311"東日本大震災協働プラットホーム”がとても便利です。

東京都日の出町大久野(7)

蛇紋岩をもう一枚。我々がこの露頭に着いた時には、かなりハンマーで叩いたような雰囲気で、この様に比較的新鮮な表面が見えていた。坂道のやや下には、かなり目立つランドマークが在るので、行けば アアこれがそのランドマークかとお判り頂けると思う。坂を登ってそのランドマーク(?)が見えたら直ぐ目の前の右側の崖が蛇紋岩露頭です。

2011年3月26日土曜日

東北太平洋沖地震の情報:3

東北太平洋沖地震の事が興味深く、様々なデータを自分で工夫してグラフを書いたりしていますが、いかんせん素人なので、中々知りたい事が判る状態にはなりません。

京都大学防災研究所地震予知研究センターHPに「中部地方北部から中国・四国地方における地震活動」と言うコーナーが設けられています。
近畿地方とその周辺部の地震活動についての解説があります。

USGS:アメリカ地質調査所の地震観測データを利用して同じく京都大学防災研究所の森さんが震源の破壊過程を動画で表現しているものがあります。なんとなく判った積りになれるので助かります。
“Results”の部分をご覧下さい。

森さんのHPには新燃岳の噴火画像が少しと地震関連の画像が沢山あります。

東北太平洋沖地震の震源分布:平面分布


古いデータを削除しています。
必要なら新しい日付のデータを同じラベルから
参照して下さい。


海上保安庁のHPに海底地形図に震源地をマッピングした震源情報が在って興味深い。
http://www1.kaiho.mlit.go.jp/GIJUTSUKOKUSAI/jishin/11tohoku/index.html#epi_all
巧く入れない場合は、海上保安庁>海洋情報部>防災情報>東北太平洋沖地震>3月11日から14日までに発生した地震の震央分布 と 深さ60km以浅で発生した地震の震央分布:地震発生前後 です。

東京都日の出町大久野(6)

黒瀬川帯の蛇紋岩露頭。急傾斜の道路の反対側の谷には花崗岩が見られるらしいのだが、藪が凄くてこの地点からは下る事が出来ない。調査した時は谷の下流側から遡上したらしい。尚、この「黒瀬川帯」については異論も在りいまだに「定説」とは言えない雰囲気ですネ。