昨年末、原爆文献を読む会のメンバーであった佐藤博史さんと鵜沼礼子さんが共著で一冊の書籍を自費出版された。画像は鵜沼礼子さんのパートナーの故栄さんの精緻な折り紙細工の作品。その書籍の挿絵に用いられている。読みたい方は直接著者へ。
巻頭の佐藤博史さんの「ヒロシマをめぐるいくつかの軌跡」には、彼が鵜沼さんに送った一通の手紙が引用され、笹本君と小生の名がCCとして記されている。この手紙が書かれた時には笹本君は酒を飲み健啖振りをしめしていたのだが、彼が世を去って間もなく4年の月日が過ぎようとしている。良き友を失う事は力を失う事に等しい。
2008年以来久し振りにお会いしたのだが、文献の会の事を調べている人が居るらしい事を伺った。
数年前に茨城から千葉県に引越しした際だと思うが、1969年から1976年までの例会案内の葉書94枚が、ひょっこり荷物の整理中に出て来て、スキャンしたデータとエクセルに入れた資料を、佐藤さんと鵜沼さんに御渡しした事が在った。私の手元には元々、佐原君が始めた「原爆小文庫」が増殖し、各地の被爆者の会の作成資料などが一千冊を越えて保管されていたのだが、2000年5月、当時の取手の自宅が降雹被害を受け、家屋の修繕費が100万円を越えたが、一番痛かったのが2階の自室の壁際に並んだ書棚が全て泥水を受け、その殆どを廃棄するしかなかった。小冊子の類はもう二度と手に入らないものも多かったのだが、余りにも大量に被害に遭ったので逆に救う余地が無かったのが残念だった。
尤も、書籍を保管する事が目的では無かったからそれはそれで諦めが付くのだが、それらの書籍を手に入れる過程の交流の記録が亡くなった事は残念だった。
原爆文献を読む会も歴史の一コマになってしまったらしい。
原則更新を停止します。 このブログは地質の素人の現70歳の素浪人が、地質図・論文・websiteを閲覧して露頭情報を収集し、その情報と主に足で稼いだ露頭画像を御紹介してきたブログです。素人故の恐れ知らずで取り組んでしまいましたが、残る人生の短さと現在の体力を歩き残した露頭の余りの多さとを天秤に掛けるとそろそろ「撤収」を考える時期だと思い至りました。 火山カメラの映像をUPしてまでこのブログを維持するのも如何かと思い至りましたので、このブログの更新を停止する事と致しました。 枕状溶岩関連記事についてはそのまま残そうと考えています。2年程度の心算で、2009年9月8日に始めたこのブログがここまで続けられるとは思って居ませんでした。 長い間お付き合い頂き有難う御座いました!
2014年1月5日日曜日
橿原神宮水舎の枕状溶岩 (3)
枕状溶岩の形状的特徴を良く示すものが互いに面白い状態で組み合わさっている。石工の方々もこの様に組み合わせを考えながら素材をためつすがめつ眺めて組合せるのだろう。
柏原神宮の枕状溶岩画像はこれで終わり。
柏原神宮の枕状溶岩画像はこれで終わり。
桜島と諏訪之瀬島の噴火活動もやや沈静化して来た雰囲気だ。
となるとこのブログを維持するネタをどうするか?早いとこデータを整理して手仕舞いとするか?
自己満足的に使命は果たした!等と自己宣言して消えて行くか?
2009年9月8日にスタートした枕状溶岩の露頭画像と位置や文献情報もまさかこんなに早く体力的限界が襲ってくるとは思ってもみなかったが、考えてみれば1999年には余命僅かと宣告されていたのが抗がん剤と放射線治療に耐えて退院に漕ぎ着け、更に余命3年の筈が13年も生き抜いているのだからそんなものかとも思う。友人の笹本征男君が世を去って間もなく4年になる。友を失う事は力を失う事だと強く思う。幸い地質分野では恵まれた環境で学び続ける事が出来ているがさて、考え処か?
2013年12月23日月曜日
2013年12月22日日曜日
橿原神宮水舎の枕状溶岩 (1)
急に京都の貴船の鼓岩を観に行く気になったのは、香芝や橿原付近で門柱や石塀に使われている凝灰岩質石材の産出元を調査しようと意気込んで一日この付近を歩く積りでいたのに、最初の一軒で、その産地が奥松島だった事が判明してしまったから、珍しく神社でも散策させて頂こうと歩き始めた橿原神宮の神域で、この石材を見たからです。奈良県には有名な枕状溶岩の産地が有るが中々公共交通機関ではアクセスが悪いので、以前、傍まで行きながら混雑で確認する事が出来なかった貴船を思い出した次第。念の為に、此の石材の幾つかをクローズアップしてご紹介しておきたい。
2013年12月15日日曜日
貴船神社付近の枕状溶岩
久し振りの「枕状溶岩」ネタです。
奈良の屯鶴峯に凝灰岩石材の切出し遺跡を観に行ってきたのですが、調査の予定項目の一つが簡単に片付いたので、フット思い出して京都・貴船の貴船神社の鼓岩を観に行きました。
これは途中の川遊びの高級料亭の石垣に使っていた岩塊の画像をくるりと回転したものです。
時計方向にあと90度回転させるともっとはっきり判ると思いますが、このブログのソフトは回転角度に関しては中々言う事を聞いてくれないのでこのままでも判るでしょう。枕状溶岩が重なっている様子が良く判ります。「露頭」とは違うけどまあ何時でもここに行けば見えるので登録しておきましょう。問題は観察者が回転しない状態で気付くかどうか?ですね。結構他にも沢山在ります。
ここは大分前に、芹生の帰りに立ち寄ろうとしたのですが、大混雑で駐車できずそのままになって居ました。
奈良の屯鶴峯に凝灰岩石材の切出し遺跡を観に行ってきたのですが、調査の予定項目の一つが簡単に片付いたので、フット思い出して京都・貴船の貴船神社の鼓岩を観に行きました。
これは途中の川遊びの高級料亭の石垣に使っていた岩塊の画像をくるりと回転したものです。
時計方向にあと90度回転させるともっとはっきり判ると思いますが、このブログのソフトは回転角度に関しては中々言う事を聞いてくれないのでこのままでも判るでしょう。枕状溶岩が重なっている様子が良く判ります。「露頭」とは違うけどまあ何時でもここに行けば見えるので登録しておきましょう。問題は観察者が回転しない状態で気付くかどうか?ですね。結構他にも沢山在ります。
ここは大分前に、芹生の帰りに立ち寄ろうとしたのですが、大混雑で駐車できずそのままになって居ました。
2013年4月25日木曜日
笹本征男君のこと (9) 詩集 いずも から
ほぼ同じ年齢で、山村と下請け孫請けの工業地帯のスラムとの相違はあるが、私には「ハックルベリーフィン」の物語はそれ程心に残って居なかった。中学の頃は図書委員の「役職」を悪用して読みたいと思った書籍を図書室に購入してもらっていたのに・・・
彼の病室でその話をしたら、「君は冒険に憧れなかったのか?」と聞かれた様に思う。
アセチレンガス灯は共通の思い出だ あのガスの臭いを知るものはもう少ないだろう
カーバイトを水と接触させアセチレンガスを取り出すともしびは、炭鉱でも使われた
あのほの暗い明かりでも、彼の思い出の中では耀いていたひとこまなのだろう
ハクルベリーフインの夜
夜の川
ヘミングウエイのミシシッピー河にいる
舟の上で燃えるアセチレンガス灯
川面が輝く
父が投網を投げる
手繰られる投網の中に鮎の銀色の体がおどる
船首にいるハックルベリーフィンの私
竹竿を川底に押しつける
網から鮎をはずし生け簀に入れる
夜が明けて樽に鮎が詰められ
塩をまぶされ魚市場に送られる
夏の夜の中で若い父とハックルベリーフィンがいる
2002年11月3日 この日、彼は一日の内に四編の詩を歌った。
土曜美術社出版販売 詩集 いずも ISBN4-8120-1509-X
彼の病室でその話をしたら、「君は冒険に憧れなかったのか?」と聞かれた様に思う。
アセチレンガス灯は共通の思い出だ あのガスの臭いを知るものはもう少ないだろう
カーバイトを水と接触させアセチレンガスを取り出すともしびは、炭鉱でも使われた
あのほの暗い明かりでも、彼の思い出の中では耀いていたひとこまなのだろう
ハクルベリーフインの夜
夜の川
ヘミングウエイのミシシッピー河にいる
舟の上で燃えるアセチレンガス灯
川面が輝く
父が投網を投げる
手繰られる投網の中に鮎の銀色の体がおどる
船首にいるハックルベリーフィンの私
竹竿を川底に押しつける
網から鮎をはずし生け簀に入れる
夜が明けて樽に鮎が詰められ
塩をまぶされ魚市場に送られる
夏の夜の中で若い父とハックルベリーフィンがいる
2002年11月3日 この日、彼は一日の内に四編の詩を歌った。
土曜美術社出版販売 詩集 いずも ISBN4-8120-1509-X
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