2011年6月11日土曜日

枕状溶岩の岩壁:24

おや、間違えて同じ場所の画像を選択したかな?と思いましたが、やはり別の場所の様です。枚数が多いと一体何処の場所が終ったのか判らなくなってしまいますが、私のこのブログは、何処其処に枕状溶岩が在るぜ!と言うのが趣旨ではなくて、枕状溶岩の様々な画像を見て頂きながら観察の参考にして欲しいのが主力!だから一箇所でも多くのそして様々な角度からの画像を掲載しています。

2011年6月10日金曜日

枕状溶岩の岩壁:23

このところ毎朝の定期的なUPが出来ないでいます。出張やパソコンの不調などで資料の整理も進んでいない等と言い訳はしたく無いのですが、ナントカ早急にしっかり毎日UP出来る体制に戻りたいと思っています。

2011年6月5日日曜日

私の 枕状溶岩 露頭情報について(2)

上の画像は昨日6月4日の埼玉県横瀬町曽沢川上流の枕状溶岩。最近偏光顕微鏡を使える機会が増えたし、薄片製作も大分腕を上げたので、ここの興味深い岩相の小岩塊を出来ればサンプルを取りたいと思うのと、更に上流を見てみたいと思って行ってみたが、以前に増して遊歩道の痕跡が更に崩落していてスリル満点なので行く事はお勧め出来ない。二之瀬橋から45分程度掛っただろうか?でも途中で写真を写したりしていたのでそれほどでもないか?
この露頭は、歩き難いが面白い岩相が見えて大好きなのだが、ナンセ足元が悪い。
でも秩父ジオパーク計画のジオサイトやその中の早稲田大学理工学研究科院生による想定ジオサイト34箇所の一つにリストアップされている。
多分、現地には行った事が無い方々がリストアップされたのだと思うが、一般の方々がハイキングの雰囲気で気軽に訪ねる事が予想されるジオサイトにこの様な荒れた場所をリストアップするのは如何かと思う。
リストにはアクセスの容易さ、難易度を記載すべきと思う。
私の作成した枕状溶岩の露頭情報資料は、エクセルに整理してA3で40頁程度。項目としては登録番号・県名・所在と関連情報・1/25000地形図名称とうおっち図でチェックした座標とその場所にリンクしたアドレス・確度・画像(自分の)の有無・参考文献名称と記載場所・文献公表時期と著者名・参照頁等。
別ファイルに、参照したHPなどのアドレス集と、無償で入手出来る文献リストをやはりエクセルで整理している。以前はCDに整理して配布していましたが、画像データを含めるとCD 一枚に収まらなくなったので最近は公開していませんでした。
今回、その一部を公開し始めて、久し振りに情報に関係していたHPや文献のアドレスがかなり移動しているのに気付いた。その為、リストに参考用として挙げていたHPや文献のアドレス再調査したり、新たな資料が見付からないか?調べて居る内に、限られた時間内で処理出来なく成った次第。もう暫くお休みです。
折角集めた情報なので、中には興味をもたれる方々もいるかもしれないと思って,64歳の定年退職を期にこのブログを開設してみたが、反応は予想通り殆ど無かった。それでも最近は話題の範囲を枕状溶岩に限定せず、小生の興味の赴くままに火山(これがメインの興味)や地震や、出自が絡む筑豊等の様々なテーマのお陰で、その場しのぎの閲覧数を稼ぎ出し、相乗効果と言うのか?ネットでの検索も比較的容易になって来た。
枕状溶岩の露頭情報資料公開するには、誰がご覧になるか判らないと言うネットの功罪を加味して、アクセスの難易度も積極的に記載しなければと思い始めていたら、今回の横瀬町の露頭で自ら思い知った次第。他人のやる事に難癖をつけるのは容易で快楽(他人の不幸は蜜の味!)だが、自分で実践するのは容易ではないが、やらなくちゃネ!
尚、上の画像の右側の板状の部分も勿論枕状溶岩です。綺麗に断面スライスされた長靴大の枕状溶岩サンプルが転がっている。

火曜日7日に広島県まで出張になりそうです。仕事が旨く行ったら高梁川沿いを歩いてみようと思うので、数日間更新はお休みにさせて頂く事になりそうです。

2011年6月3日金曜日

山本作兵衛と森崎和江 まっくら

山本作兵衛さんの炭鉱絵巻と上野英信さんの事をブログに書いたら、1週間で50人以上の方々が訪問して下さいました。勿論、「世界記憶遺産」と言う単語にヒットしたものですが、1日平均100名の訪問者があるこのブログでは地震と火山に次いで多い訪問です。(残念ながら枕状溶岩の話題がトップアクセスでは在りません)
山本作兵衛さんの「筑豊炭鉱絵巻」は小生の蔵書となって居るものよりももっと高価な大判のものも発行されていますが、作兵衛さんの絵を使った森崎和江さんの小型の「まっくら」も今も手放せない書籍です。
正しくは「まっくら 女坑夫からの聞書き 森崎和江著山本作兵衛画」現代思潮社(0095-60122-1909)から1970年に出版されているこの本は森崎和江さんが女鉱夫からの聞書きを纏めたものです。 書籍は、2000年に雹災(この時は書籍の大半を泥だらけにされて失いました。)に遭ったので少し痛んでいますが大事にしています。作兵衛さんの絵が殆どはモノクロですが十数枚有ります。
筑豊の関係の書籍は自分の出自の証明みたいなもので、「みいけ20年資料編」等と言う表題の書籍や石牟礼道子さんや高橋たか子さん吉田優子さん等の書籍と共に書棚数段に今も並んでいます。北九州市の今は学校の校庭になってしまっている、元の零細鉄工所街にある本籍地をとうとう動かさないまま、関東に40数年を過してしまっい、間も無く66歳になろうとする時もこれらの書籍が一対で私の中に同居しています。

私の枕状溶岩 露頭情報について (1)

私の枕状溶岩の露頭情報について少しご案内したいと思います。何時から枕状溶岩の露頭情報を集め始めたか?もう忘れてしまいましたが恐らく2004年前後だと思います。キツイ闘病生活から生還し、余命3年と言われた期間を過ぎるかな?と思った頃に少し体力が回復してきて、もう少し生き続ける事が出来そうなので、高校時代からの夢だった地質の、特に火山関係の勉強をしてみたい、生きるか死ぬかと言う経験をした後なので年齢的にも今やらなければ老後のボケ老人を後悔しながら生きていく羽目になる。こうなったら突き詰めてやれる事をやってみたいと思い始め、久野久先生の「火山および火山岩」を読み返し、鴨川の枕状溶岩の露頭に出合い、これをやってみよう!と思ったのが始まりです。久野久先生は北九州に居た高校時代にお世話になっています。
私は研究者ではありませんし、地質について高校なり大学なりで学んだ事はないので、情報はまずインターネットで収集を始めました。集まった情報のメモを元に、偶々当時は茨城県の取手市に住んでいましたので、筑波の産総研・地質調査センターの「地質図ライブラリー」と「図書室」の両方に通ってみました。nkysdbをご存知でしょうか?産総研・地質調査センター職員のみやぎさんが作成した地質情報のデータベースですが、読む事が出来た論文等の巻末にある参照文献から原著を探し出し、産総研の図書室でチェックし、枕状溶岩についての記述があるとメモを取り複写して位置情報を読み取りました。1/5万の地質図は片っ端から目を通しました。チェックリストを造り、何時どの資質図をチェックしてどの頁に記載が有るか?中には読み落としたものもあるかも知れませんが、産総研で発行した1/5万地質図の殆ど全部に目を通しました。
現在、正確な露頭の位置が確定出来ないけれど、「この附近」には有るらしいと言うレベルの情報や、本当は枕状溶岩では無いのに、枕状溶岩が有ると言い張っているものなどの情報が650件集まっています。不確実な情報については折に触れてクロスチェック出来る資料を探し続けています。
そのデータを基に、比較的近い場所の露頭から歩いてみました。最初は全く判断が出来ない露頭が多くて困りましたが、段々と枕状溶岩の形状や色等の特徴が少し判って来た様な気がします。
兎に角、色々見なくちゃ判らないので写真を撮り帰宅後に拡大して眺めたりしました。ものは集めても分析も何も出来ないので、時々珍しいのを本当に小さい薄片1個を作れるかどうか?といったサイズのものを持ち帰る事がある程度です。基本的には採集は無し、写真だけです。昨年は山陰まで足を伸ばしました。長野や山梨・静岡も枕状溶岩が多い場所なので時々足を運びます。

2011年6月2日木曜日

枕状溶岩の岩壁:22

崖の上の方の画像ですね(見りゃ判る!)しかし大きな崖です。

2011年6月1日水曜日

枕状溶岩の岩壁:21

前の画像の一部分を少し拡大したものです。V字型に切れ込んだ谷の部分に枕状溶岩が流れこんでいます。同じ輪廻の噴火で生じたものでしょうが、大きさがかなり違うものがある様です。